副会長の受難の日 3

俺の姿を見つけた樹原が駆け寄ってくる。
まずい!この状況…この俺の股間を奴に見られたら俺の威厳が…
しかし露骨に逃げると益々怪しがられる…
嗚呼…俺は絶対絶命のピンチに陥ったのだ!

と、その時
「樹原、廊下を走るな。お前は小学生か?」
何処からとも無くではなく、俺の立っているすぐ隣りの教室のドアが開き
中から久木が出て来た。
そうか、ここは書道部の部室前だったんだ。
「すみません。久木先輩…」
久木に怒られ樹原はシュンと俯く。こいつは何故か久木の言う事は素直に聞く傾向がある。
「武田副会長に掃除頼まれたんスけど、終わったからもう帰っていいのかって聞こうと思って探してたんです」
「そうか…終わったのか…あぁ、今日はそれで帰ってもいいが…樹原、生徒手帳は返してもらったのか?」
俺は樹原の方を向かないまま、何とか話をする努力をした。幸い俺の横にいる久木も俺の状況には気がついていないようだし、ここで樹原をとっとと帰してしまって、久木も部室に戻れはこのピンチを切り抜けられるかもしれない。
「あ、忘れてた!会長まだ来ないんですよ〜俺どうしたらいいっすか?副会長〜」
「…今日は仕方が無い…由良には後で俺が言っておくからお前は今日はもう帰っていいぞ」
ついうっかりというかいつもの習慣で生徒手帳のことまで訊ねてしまったのは俺のミスだ。
俺は一秒でも早くこの場を取り繕ってここを去らねばならぬのに…
「え〜珍しい〜副会長がそんなこと言ってくれるなんて、いつもなら会長が戻って来るまでアレをしろ、コレをしろって散々こき使うクセに〜どういう風の吹き回しですか?ってか何で副会長ソッポ向いたまんまなんスか?」
さすがの樹原も俺の不自然な態度に疑問を持ってしまったようで、「副会長〜こっち向いて下さいよ〜俺のことキライになったんすか〜」などと憐れっぽい声色まで遣ってくる。
「副会長に嫌われたら俺生きていけない〜」とこともあろうか樹原は俺の背後から抱きついてきた。
「く、下らん冗談はよせっ」
やばい。樹原密着するな。これでお前がちょっとでも顔を前に出したら俺の股間状態がバレバレだっ。
纏わりつく樹原をどうしたらいいのか、俺の頭はまたもパニック寸前。

「樹原…お前は武田の事をそんなに好きなのか?」
一瞬その場が凍りつくような冷たい空気が流れた。久木が静かに樹原に問い掛けたのだ。
「え、あ、はい…副会長は厳しいけど…その、えっと…父のようなやさしさというか…その…」
まるで蛇に睨まれた蛙のように樹原はしどろもどろに答えようとしているが、全然答えになっていない。
「単刀直入に聞く。俺と武田とどっちが好きだ?」
「はぃ?」
久木の突拍子もない質問に俺と樹原は同時に声を上げてしまった。
「武田、お前には聞いていない。俺は樹原に聞いている」
「す、すまない…」
って何で俺が謝らなきゃいけないのだ?
「ど、どっちが好きって…そんな…俺…」
聞かれた樹原はまだしどろもどろだ。そんな樹原の答えを待たずに久木が言葉を続ける。
「俺は、お前の事をこう思っている」
そう言うや否や、久木は樹原を抱き締めそのまま樹原の唇に自分の唇を重ねた。
あまりの事に樹原は呆気にとられた顔をしていたが、次第にその顔が蕩ける様な表情に変化していく。
「…んふぅ…」樹原の顔が段々上気し火照っているようだ。
もしかして、久木は舌を入れる…「ディープキス」というものを樹原に施しているのか!?
思わず俺は二人のキスシーンに見入ってしまう。
さっき屋上で見た氷尾と桐生のキスシーンはただただ驚きだけだったが、余裕ができたのだろうか、今回は何故か冷静に二人を見てしまう。
軽く開いた樹原の口の中を絡むように久木の舌が動き回る。まるで久木に催眠術にかけられたように樹原はうっとりと目を瞑り遠い世界に跳んでしまったようだ。

「…俺も…久木先輩のこと…ずっと…好きでした…
だから…わざと遅刻して…先輩と一緒にいたかったから…」
荒い息遣いで樹原は何とかそこまで言うと脱力したように久木にもたれかかったまま微動だにしない。
遅刻を繰り返す樹原の意図がまさかこんなところにあったとは。
「だったら最初から生徒会役員に立候補すればよいものを。別に2年ではいけないという規則はないのだから。」
俺は樹原にそうアドバイスをしてみたのだったが樹原はうわの空で、代わりに久木に冷たく睨まれた。
俺を一瞥した後、久木は再びぼんやりとしたままの樹原にやさしく囁くように語りかける。
「そうか俺達は相思相愛だったのだな、樹原。大変喜ばしいことだ。では、この良き日をそのままお前の記念日にしよう。」
「記念日…?」思わす呟く俺は久木の言葉の意味がイマイチ判らない。樹原も同様のようで、ポカンとした顔を久木に向けている。
俺の呟きなどまったく無視し、久木は樹原に囁き続ける。
「そう、記念日だ。今から俺がお前の”筆おろし”をしてあげよう。幸い今日は部室には俺以外誰もいないからな」
「筆おろし?久木、樹原を書道部に入部させるのか?」
俺の質問に久木はうんざりしたように俺を見て言った。
「…武田、いい加減出歯亀は止めてくれないか?お前も自分の始末を優先しろ、さっきからお前の股間は目障りだ」
俺は久木に言われてハッと我に返った。呆気にとられて忘れていた…訳ではないのだが…
どうやら俺の非常事態は久木はとっくに気がついていたのだ。
「す、すまない…」
ってさっきから何で俺は謝っているんだ?
大体人を出歯亀呼ばわりして、勝手にそっちが盛り上がっていたんじゃないかっ。俺は別にお前らのキスシーンなど見たくもなかったぞ。
と、文句の一つも言いたかったが、久木のオーラに圧倒されてしまった俺は黙って回れ右をしてその場を離れた。
去り行く俺の後ろで部室のドアを開ける音、そしてそのドアに鍵をかける音が聞こえた。

まったく、まったく何なんだ!今日は一体何なんだ?
保健室、屋上、書道部…俺の行く先々でなんで男同士のこんなシーンを次から次へと見せ付けられる羽目になったんだ?
この学校はこんなに男同士のカップルが多かったのか。それなら俺だって…由良とどうにかなったっていいんじゃないか?
って、いかんいかん。そんなこと考えていたら股間が益々膨張してきて段々痛くなってきた。
トイレ、そう、なには無くともまずトイレだ!
一目散に俺はトイレに向かって突き進んだ。


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