heaven (1)

両親が揃って海外赴任で家を留守にしてもう一年になる。
当時大学3年だったタカヒロは、大学生になったばかりの弟、コウヘイと一緒に日本に残る事を選択した。
不在がちな両親の元で育った二人にとっては、両親と過ごす時間よりも兄弟二人で過ごす時間の方がずっと多く、
そんな二人のこの一年間の暮らしは別段大きな問題も無く過ぎてきた。

大学生になった嬉しさからか、弟のコウヘイは何かと理由をつけては友人達とやれコンパだ何だと出歩いている。
明るく屈託の無い性格のコウヘイは友人も多い。しかしその割には友人達を自宅に連れて来ることは滅多に無かった。
おそらく、自分に気を遣っているのだろう…あまり他人と干渉し合うことが好きではないタカヒロは、コウヘイとは違い、最低限の人間関係しか構築しない主義であった。
しかし、そのコウヘイの気遣いはタカヒロにとってはありがたいものであった。
隣りの部屋でうるさく騒がれるのも迷惑であったし、何よりも、自分以外の人間と楽しそうに過ごす弟を目にするのがたまらなく嫌だったから。
幼い時からずっと二人きりで過ごすことの多かったタカヒロとコウヘイ。何かと自分を頼ってくるコウヘイにタカヒロは限りない愛おしさを抱いている。たった二人きりの兄弟だから、弟だから、そう自分でも思っていたタカヒロだったが、いつからかその思いが兄弟という枠を超えていることに気がついた。
元々、自分は同性愛嗜好があると、中学生の時に自覚していた。
高校の時に同じクラスの男と関係を持った。小柄で、丁度中学生だった弟に感じが似ていた奴だった。
その後何人かの男と関係を持ったが、誰も皆、コウヘイに似たタイプの男だった。
自分は弟を抱きたい…しかしコウヘイはおそらくは自分と違い、いたって普通の性癖の持ち主であろう…ましてや実の弟に対して…たえず湧き上がる背徳的な思いを抱きながら、それでも表面上は優しい兄を演じ続け、タカヒロはギリギリのバランスを保ってきた。
そんなタカヒロの気持ちには全く気付かないコウヘイではあったが、優秀な兄に対して、尊敬を抱いているようで何かにつけて「兄貴、兄貴」とタカヒロを頼りにして甘えてくる。友人の約束よりも兄との約束を優先するような弟。そんな弟とのこの一年はタカヒロにとっては幸せでもあり、同時に秘めた思いを押さえ続けるのが辛い一年でもあった。

そんなコウヘイが珍しく友人を家に連れて来たのが今年の夏。
バイト先で知り合ったというコウヘイの1年上の大学生。話を訊くと、どうやらタカヒロと同じ大学の学生らしい。
「なんか兄貴のことも知ってるみたいでさ、それで話が弾んで、じゃウチ来てみないかってことになったんだよ」
いつになくコウヘイが嬉しそうにその男の話をするのをタカヒロは内心苛々しながら聞いていた。
「ウチの大学じゃ有名だもんな、成績優秀、容姿端麗、否の打ち所の無いお坊ちゃま…」
「…別に俺は"お坊ちゃま"ではない…」
嫌味混じりのようなその男の言葉にカチンときてタカヒロが言い返そうとしたが、すかさずコウヘイが話に割り込んできた。
「そうだよミキオさん、それなら俺だってお坊ちゃまだろ〜」
「お前は何かそういう言葉とは縁がなさそうだよな」
「あっヒデー!何その言い方!」
二人の楽しそうな会話をタカヒロはただ黙ってじっと見ていた。
コウヘイの自分以外の者に向ける笑顔、そのコウヘイの笑顔を向けられている男にタカヒロは激しい嫉妬を抱いていた。
コウヘイとて自分以外人間とのの付き合いというものがあるのだ、ましてや友人も多いコウヘイだ、そんなことでいちいち苛立って嫉妬していたら自分がもたないということは百も承知している。
しかし、この男には何か違うものを感じた…そう、それは自分と同じ種類の人間だという事を…
話の途中ふと顔を向けたミキオと目が合った。その目は何か言いたげに一瞬細まり、また何事もなかったかのようにまたコウヘイの方を向き話を続けている。
自分の嫉妬剥き出しの視線をミキオは判ったはずだ。そしてそれを嘲笑うかのような態度。
おそらく、彼はコウヘイに対して自分と同じ思いを抱いているのだ。
コウヘイを抱きたいという思いを…

コウヘイにしては珍しく、バイトの先輩だと言うミキオをしょっちゅう家に呼び入れた。
おそらくそれはタカヒロとミキオが同じ大学だということで、コウヘイは二人が自分をきっかけに仲良くなっていると思い込んでいるからで、実のところはミキオを監視する意味合いもあってタカヒロはコウヘイとミキオがいるところに必ず同席していた。それをコウヘイは都合のいいように解釈してくれた訳だが、何故かミキオの方もタカヒロが同席するのを嫌がらず、むしろ歓迎する素振りさえ見せていた。
広い大学内ではタカヒロとほとんど顔を合わすこともないミキオが、珍しくタカヒロのいる学部の方にやって来た。コウヘイ抜きで会うことなど無かったミキオと、二人きりで話すのは初めてだ。
「一体何の用だ?」別にミキオと話すことなど無いタカヒロはつっけんどんにミキオにこう言い、そそくさと構内を出ようとした。
「別に大した用じゃないんだけどさ…」そんなタカヒロの態度に別段気を悪くするわけでもなく、ミキオは足早にタカヒロの隣りに付き並んで歩いた。
「今晩さ、一緒に飲みに行かない?」思いもかけないミキオの言葉にタカヒロは進めていた足を止めた。
「君と飲みに行く理由が見つからない」ミキオの誘いをタカヒロはピシャリと断った。ミキオと親しい振りをしているのはあくまでもコウヘイの前だけだ。
元々初対面から何を考えているのか判らないこの男にタカヒロはいい感情を持ってははいなかった。ただ大事なコウヘイに何かされるのではないかという警戒心しかない。
しかしそんなにべも無いタカヒロの言葉にも飄々とした体でミキオは話を進める。
「アンタには無くても俺にはあるの。このまま真っ直ぐ向かうから俺に付き合ってよ」と、強引にタカヒロの手を引っ張るミキオ。「何を勝手に決めてる、ふざけるな」とその手を離そうとしたタカヒロにミキオは声のトーンを低くして言った。
「一緒に来てくれないなら、俺、コウヘイにバラしちゃおうかな〜アンタの秘密」
その言葉にビクッとタカヒロの動きが止まる。「…何の事だ?」努めて冷静に話そうとしたタカヒロだったが、声が僅かに震えた。
「俺が今言う名前、知ってる…っていうか覚えてる?」タカヒロの動揺を見透かすようにミキオがある男の名前を口にする。
タカヒロはその名前に関する記憶を探ってみた…確か…1年ほど前に付き合っていた男だ。
付き合っていたというよりもほとんどセフレ状態の関係で、お互い大した干渉もしないままに何となく別れてしまった男だった。
「俺さ、実は今、奴と付き合ってんの」
「な…」つまりそういう事だ。その男が昔、タカヒロと関係があったと言う事をミキオにバラしたのだ。彼とてバカでは無い。
そう簡単にタカヒロの話など口にするような奴ではないはずだったが、おそらくミキオが言葉巧みに誘導したのだろう。
「何か初めて会った時、俺と同じモノをアンタに感じたんだよね、やっぱり同類だったんだ」いつの間にか馴れ馴れしくミキオはタカヒロの肩に手をかけてきた。
傍から見ると仲の良い友人同士に見えるだろうその光景は、いつも「孤高の人」というイメージを持たれているタカヒロを知る者にとっては大変珍しい光景であった。
しかし、そんな親しげな光景とは裏腹に当の二人の会話は穏やかではなかった。
「…それで俺を脅しているつもりか?」
「そう思ってるならそれで結構。でも実際、バラされて困るのはアンタだろ?しかも…本命は実の弟なんてさ、ヤバ過ぎない?」
どうしてそんな事まで…呆然とするタカヒロの顔を楽しむようにミキオは話し続ける。
「アンタ見てりゃバレバレだよ。俺とコウヘイが一緒にいる時のアンタの目、嫉妬剥き出し。でも、安心しな。
俺、コウヘイにソッチの興味ないからさ。むしろ興味あるのは、アンタだよ。アンタみたいな高慢ちきって犯し甲斐あるよね」
タカヒロの耳元でわざといやらしい言い方でミキオは囁いた。
「いいかげんにしろっ!」ミキオの余りの態度にとうとうタカヒロも頭にきてキッとその顔を睨み付けた。
「大体俺は…」
「抱く方であって抱かれる方ではない?」タカヒロの言葉を遮って、タカヒロの言おうとした言葉をミキオが続けた。
「でもアンタは絶対抱かれる方が似合ってるよ。そのエロい身体、ホント犯したくてウズウズする。むしろコウヘイにも抱いてもらった方がいいんじゃねえか?」
ミキオの最後の言葉についにタカヒロはミキオに向かって手を挙げた、が、その手はあっさりとミキオに掴まれてしまった。
「…学校ん中であんまり騒ぎ立てない方がいいんじゃない?優等生サマ。あ、それから言っとくけど、奴の事はあんな気にしなくていいから、向こうもそういうのわかってての付き合いだからさ、アンタ遠慮なく俺に抱かれていいからね」
ミキオに掴まれたままの手を怒りに震わせながらタカヒロはミキオを睨み続けた。そんなタカヒロをニヤッと笑って睨み返し、ミキオは話を元に戻し出した。
「とにかくこれから付き合ってもらうから、断れないだろ?それにさ、コウヘイも一緒なんだよね」
「コウヘイが?」意外な言葉にタカヒロは驚く。そして、多分それは嘘ではないのだろう。もし、断ったら自分の居ないところでミキオが一体何を言い出すか…
「判った…付き合う…」だから手を離せとタカヒロはミキオに言い、ミキオもその言葉に従った。
「だからっていつまでもお前の言いなりには…」
「まあ、付いて来てくれればそれだけでオッケーだから」
またもタカヒロの言葉を遮ってミキオはさっさとタクシーを拾い、二人はそれに乗り込んだ。

「はじめまして」
コウヘイの横に居る女が何か喋っている。タカヒロは混乱する心を悟られないように必死に冷静さを装おうとした。
コウヘイとミキオ、そして目の前にいる女…同じバイト仲間だという3人。元々友人は多いコウヘイだったが、女友達は居なかったようだったのに…コウヘイの「彼女」だと紹介されたその女の話をタカヒロはほとんど上の空で聞いていた。
いつかこんな日が来るのは重々承知していた。自分と違い、同性愛嗜好など全く持ち合わせていない弟。判ってはいてもその日が来るのが少しでも遠くと願っていた…が、それがついに来てしまったのだ。兄を純粋に慕う弟は律儀に自分の初めての「彼女」を紹介したい、と、この席を設けたのだった。
その弟の心遣いは逆にタカヒロの気持ちを追い詰めた。

「じゃ、俺たちは先に帰るから、お前らもうちょっと楽しんでけよ」
そう言ってミキオはタカヒロを強引に連れ出し、コウヘイ達と別れた。
「アンタ、このまま俺ん家来いよ」相変わらずの調子でミキオはタカヒロを誘い続ける。
「俺はこのまま帰る」ミキオの誘いなど全く無視してタカヒロはタクシーを探そうとするが、ミキオはそんなタカヒロに言った。
「このまま帰って、コウヘイと一緒の夜無事に過ごせるのかよ?イライラと嫉妬で勢い余ってコウヘイに何かすんじゃねーの?」
「そんなことする訳ないだろっ」苛立ちを隠せずにタカヒロはミキオの方を振り返る。
「無理するなよ…辛いんだろ?」そう言ってミキオはそっとタカヒロの肩を叩いた。
意外なミキオの態度にタカヒロは驚いた。昼間の態度とはうって変わった優しい囁き。
「ずっと隠してたんだろ?そしてこのまま隠し続けるつもりなんだろ?」
普段のタカヒロならばこんな言葉にコロリと絆されるなどということは無いはずだった。
ましてや昼間あんな形で自分に脅迫まがいの言葉を吐いた相手になど。
「アンタの苛立ち、俺にぶつけてみない?」
不安定な精神状態の上、平静を取り繕うとしていつもよりも多く酒を飲んでしまったタカヒロ。
元々それ程酒には強くないタカヒロの平常心は確実にバランスを失っていた。

「…やっ…やめ…」
ぼんやりとした意識の中でタカヒロは抵抗を試みるが、それでもミキオにされるがままに身体を開いてしまう。
自暴自棄な気持ちも手伝って、結局はミキオの思惑通りになってしまった。そんな自分にプライドが傷つくが、それでも「これは同意だ」と自分に言い聞かせる。
自分の意思でこうしてミキオを受け入れることになったのだからと…
本来なら自分が相手にしてあげる行為を今されている。ジェルのヒンヤリとした感触が初めて使われることになるソコに広がる。
「大丈夫、酷くしないから、安心して力抜けよ…」行為に至ってもミキオの態度は相変わらず優しかった。
もしかしたら、脅したり、犯すなんてタダのハッタリだったのだろうか…?ミキオは自分のことを好いていてくれている?
そんな事をぼんやりと考えながら、言われるがままにタカヒロは身体の力を抜き、ミキオのモノを受け入れる。
「ん…くぅ……っ…」それでも生まれて初めて受け入れるソレは中々タカヒロの奥に入っていかない。
苦しさと痛みだけしか感じられない。逆の立場になってみて初めて受け身の辛さを知った。
これで快楽を得るなんて自分にはとても無理だ…「いっ…イタ…ッ…」それでも強引に挿し入るミキオに溜まらずタカヒロは声を上げる。
「辛い?」ミキオの問いかけに頷くタカヒロ。
「じゃ目を閉じてさ、俺のことコウヘイだと思えよ。いいよ俺、コウヘイの代わりでも」そう言ってミキオは近くにあったタオルを手繰り寄せ、それでタカヒロに目隠しをした。
視界を塞がれたタカヒロはミキオに言われたとおりに必死にコウヘイをイメージする…
「…コ…コウ…ヘイ…っ…」コウヘイに抱かれている自分を思い描きながらタカヒロはミキオを奥まで受け入れ、やがて初めて男に抱かれながら果てた。

目が覚めるとミキオは自室にあるパソコンに向かって何かしていた。
まだけだるさの残る身体でタカヒロはゆっくりベッドから起き上がる。コウヘイを思いながらイってしまった自分は、ミキオに対して随分失礼だったなと反省した。
実際ミキオに抱かれた事によって一時でもコウヘイとその「彼女」の事を忘れられた。
その事だけでもミキオに感謝しよう…そんな事を考えながらタカヒロはミキオの後に立ち、パソコンを覗き込んだ。
「…な…に…」
パソコンの画面には、おそらく絶頂を迎え気を失った時に撮られたのだろう、二人分の精液に塗れた己の姿が何枚も映し出されていた。
「どう?上手く撮れてるだろ?」タカヒロの気配に気が付いたミキオが振り向きもせずに語りかける。
「俺、コウヘイのメアド知ってるし、そうじゃなくても、いろんな掲示板にこの写真貼っても面白いよな」
「そんなわけで…」ようやくタカヒロの方を振り向いてミキオが言葉を続ける。
「これからアンタ俺の奴隷。勿論文句無いよね?」
ミキオの裏切りとも、詐欺とも思える卑怯な仕打ちに、タカヒロは力なくその場に座り込んだ。

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