heaven (5)

「7年振りくらいになるのかな?」
ホテルのラウンジでコーヒーを飲みながらミキオは言った。
「お前は相変わらず、ろくでもないことばかりやっているのか?」
醒めた視線をミキオに投げかけながらタカヒロが訊いてくる。
「随分な言い草だな。言っておくが俺は真面目にやってるぜ?色々と勉強しなきゃならないことがあるんでね」
実際、嘘でもない。父の会社の跡取として、大学卒業後ミキオはすぐに武者修行としてアメリカに渡った。
(まぁ、アッチでもそれなりには楽しんではいるけどな)
久しぶりの日本。
それにしても連絡が取れた事にも驚かされたが、まさか会ってくれるとは。

ミキオの答えに含みのある笑みを浮かべながらタカヒロもコーヒーを口に運ぶ。
「それより、アンタ達の方はどうなんだ?コウヘイとは相変わらず上手くやってるのか?」
「…まぁな、一緒に創めた会社も軌道に乗っているし…」
「そうじゃなくて、あんたら二人の関係さ…」
「プライベートな事まで話す必要などない」
ミキオの質問は、タカヒロにピシャリと遮られた。
気位の高さは相変わらずだな…ミキオは小さく苦笑した。

そんな男を”奴隷”にして気位の高さをへし折るほどの調教を施した。きっかけはコイツの弟に頼まれてのことだった。
弟・コウヘイとも関係をもったミキオだったが、兄の方がずっといい身体をしている。
下手をすればのめりこんでしまうほどの魅力のある身体…散々遊びなれている自分にしては珍しく半分本気になりかけた。
が、結局は当初の契約通り、弟に渡してしまった。
それから大学卒業まで二人には会わなかった。タカヒロとは同じ大学であったが、学部も違っていたのでそれきり顔を合わすこともなかった。
尤も、タカヒロが自分を極力避けていたとも思えるのだが。

しばしの沈黙。それに耐え切れずミキオの方から口を開いた。
「…で、何でいまさら俺に会いたいと思ったわけ?」
「お前が俺に連絡を入れてきたからだろ」
「それで『はいそうですか』ってやって来たのかよ、アンタは」
ミキオの言葉に一呼吸間をおいてタカヒロは意味深に呟いた。
「あのとき”世話になった”礼もまだしてないしな…」



用意していたという部屋に入ると、タカヒロはソファに座りスーツの上着を脱ぎ、ネクタイを外した。
シャツのボタンを2、3個外すとあの頃と同じ、いやそれ以上に白い肌が姿を現わす。
「コウヘイと上手くいってないのか?」タカヒロの横に座りながらミキオは訊ねた。
「…どうしてそう思うんだ?」その問いには答えずタカヒロは逆にミキオに訊く。
しかし、ミキオの答えなど聞きたくもないという風にタカヒロの唇がミキオの唇に重ねられた。
「…んっ…」ミキオの口の中でタカヒロの舌が艶めかしく動き回る。ミキオの中で時間があの時に遡っていく。
違うのは、タカヒロの方から求めてきているという事だ。

舌を絡ませながらタカヒロはソファからズルズルと滑り降りる。ミキオに動く暇など与えないほどに素早くその足の間に滑り込んだ。
ようやく唇を離したタカヒロはスッとミキオのスラックスから彼の分身を取り出す。
「…っ…あ…っ…」
タカヒロのテクニックは恐ろしいほどに上達している。あの後余程コウヘイに仕込まれたんだろう、いや、もしかしたら色んな男のモノをこうしてしゃぶってきたのか…
とりとめもなくそんな事を考えていたが、次第に分身が昂ぶってきて思考が纏まらなくなってくる。
こんなになるのは随分久し振りのような気がする…これは相手がタカヒロだからなのか…?
「…ぁ…ぁ…っ…」
頭が一瞬真っ白になるが、すぐに我に返る。ふと見下ろすとミキオの精液をベッタリと顔につけたタカヒロがニヤリと嗤っている。
「お前のイクときの顔、初めて見たよ。あの時はいつも目を塞がれていたからな…」

それからタカヒロは着ていたシャツのボタンをすべて外し、ミキオの前に上半身を曝け出す。
ミキオの放出した精液に塗れた顔で白い素肌を晒しているタカヒロのその姿は充分にミキオを欲情させた。
あの時、いやそれ以上に今、この身体をモノにしたい…
ミキオはタカヒロをソファに押し倒しす。タカヒロは抵抗もせずミキオに身を任せた。
「最初のころはココを弄られるの嫌がってたよな」
あの時を振り返るようにミキオはタカヒロの乳首を軽く摘む。ちょっと弄ってやっただけでソコはすぐ硬くなりタカヒロの息が荒くなる。
「…ふぅ…ん…はぁっ…」
熱い息のままタカヒロの頭がミキオの肩にもたれかかる。ミキオの目の前にはタカヒロの白いうなじ。そのうなじにミキオはそっと唇を寄せた。
「や、やめ…」うなじに吸い付くミキオの唇から離れようとタカヒロは首を振るが、そうされれば余計放したくなくなる。
タカヒロの首筋にはミキオのキスマークがくっきりと刻まれた。

「は…っ…」
タカヒロの息がますます上がる。元々は自分が開発してやった身体だ。7年たっても敏感なところは覚えている。乳首、首筋…そして…
「そろそろ、楽になりたいだろ?」
ミキオの誘いを拒否するようにタカヒロは首を横に振る。拒絶しながらも顔は紅潮し、その腕はミキオの肩をしっかりと掴んでいる。
「自分から誘っておいて何嫌がってんだよ、それに俺も早くヤリたいしさ。久し振りにアンタ味わえるんだからな、コウヘイに随分可愛がってもらってるんだろ?」
コウヘイの名前を出した途端、タカヒロの表情がピクリと硬くなった。やはり、こいつら上手くいってないのかな…ま、そのほうが俺としても都合いいし…
そう思いながらミキオは、タカヒロのベルトに手をかけ、スラックスを一気に引きずり下ろした。

「……?」
引きずり下ろしたスラックス。タカヒロの白い腰。その腰に喰い込むように付けられているのは…
「…残念…だったな…」
タカヒロが荒い息のままミキオに向かって薄く微笑む。
「…まだ付けてるんだな…それ」
あの時、気まぐれでコウヘイに渡した鍵付きの貞操帯。それは未だにタカヒロに付けられたままだったのだった。

すっかり興をそがれてしまったミキオは、グッタリとソファに座り込んで身なりを整え直した。再び昂ぶりかけていた分身も萎えてしまった。
「正確にいうと、あの時のものではない。あの後、まもなくコウヘイが別のを買ってきたからな、万が一、お前が合鍵作っていたら困るってさ」
タカヒロは露わになった貞操帯の姿のままソファから身体を起こした。
「あれからずっとだ…これも何代目かな…今じゃ、もう身体の一部みたいなもので…違和感も余り無い…
外してもらえるのは…排泄の時と…コウヘイに抱かれる時だけ…俺の下半身は完全にコウヘイのコントロール下に置かれている…」
自嘲的に話すタカヒロは少し苦しそうだった。おそらく、先ほどの愛撫で膨らんだ分身が貞操帯で締め付けられているからだろう。

「アイツって想像以上にアンタにご執着なんだな…」
呆れたように一つ溜息を付いてミキオはタバコに火を点けた。
「そうだな…それに猜疑心も…俺が他の男と少しでも親しげにしていると酷い目に合わされる…こんなもの付けられていて何も出来ないのもわかっているだろうに…」
タカヒロはそう言って、ミキオが手にしたタバコを取り上げ、スウッと煙を吐き出した。
「…で…どうして俺を誘ったんだ?コウヘイへのあてつけか?」
思わせぶりなおあずけを喰らったミキオは、ムッとしながらタカヒロを問い詰めた。
「あてつけにやっても、俺が”お仕置き”されるだけだ」
「だったら何故」
ミキオが何度訊いてもタカヒロは上手くはぐらかす。そんなやり取りをしていると、不意にミキオの携帯が鳴った。
表示を見ると、タカヒロからの携帯。不審に思いながらもミキオは電話に出てみた。

「…もしもし?」
「…アンタ…誰?」電話の向こうの声は酷くいらついているようだ…
「コウヘイか?覚えているか?俺だよ、ミキオ。シノザキミキオだよ」
タカヒロの考えていることが何となく読めてきた。ミキオはワザと軽い調子で電話の向こうのコウヘイに語りかける。
「ミ…ミキオさん…あのミキオさん?…」少し驚いたようなコウヘイの様子が伝わってくる。
「そうだよ。元気だったか?」
「…お、俺は元気ですけど…あのぅ…ミキオさん…今…そこにウチの兄貴…一緒じゃないですか?」
いきなり本題からきたか…コウヘイの余裕の無さが可笑しくなってくる。
「ああ、一緒だ。久し振りだから話でもしようって俺が誘ったんだけど。
悪いなコウヘイも誘うつもりだったんだけど、あいにく連絡先わからなくなってな。兄貴の方だけ連絡とれたもんだからな」
思わせぶりな話し方でコウヘイの不安を煽ってやる。後はどうなるかなんてミキオには関係のないことだ。

電話を切ったあと、ミキオはタカヒロを軽く睨みつける。
「…ワザと電話忘れていったんだろ?そして、ワザとコウヘイの目につくようなとこに俺の番号見えるように置いておいて」
タカヒロは何も答えない。
「結局アンタはコウヘイの不安をいつもそうやって煽って、そうしてコウヘイを独占してるんだな。コウヘイに対する執着心が強いのはむしろアンタの方だったってワケだ」
タカヒロは相変わらず黙ったまま、タバコを吸い終わり身なりを整えだす。そしてシャツを身につける時に、ミキオが首筋につけたキスマークを指でなぞり薄く微笑んだ。
「…これで…今夜の”お仕置き”は…凄いことになりそうだな…」
「…それも…計算の内だったのか?」
完全にヤラレタとミキオは思った。自分はダシに使われた。”あの時の礼”を見事に返された訳だ。
何だか可笑しくなってきてミキオは笑った。一度笑いだすと止まらない。
そんなミキオを一瞥してタカヒロは部屋を出ていった。

(バイバイ。あんたら兄弟にはもう二度と関わんねぇよ。)
タカヒロが出て行ったドアにもたれながらミキオは笑い続けていた。

    戻る。