壁の中にいる!-2-

それからというもの毎日
否、もはや時間の観念すら薄れてしまい
あれから何日経ったのか、
今が朝なのか夜なのか…尤も、ヴァンパイアが活動するのは夜に限られているのだろうが、薄暗い部屋の中ではもうそんな事を考える感覚すら麻痺してしまったように、
魔術師はただただヴァンパイアから与えられる快楽に身を任す日々を過ごしていた

繰り返される日々の中で、魔術師は己の身体の変化に気がついていた
己に与えられるものはヴァンパイアからの愛撫のみ
食事を摂ることもない
それなのに何故自分はこうして生き長らえることができているのか
考えるまでもない
多分自分はヴァンパイアによってその下僕へと変化させられてしまったのだ
いわゆる「エナジードレイン」とはこういうことを言うのだ、と己の身をもって体験してしまった訳だ

まだ冒険者だったころ、何度かヴァンパイアの下僕たちと対峙したことがある
思考能力を持たないただの屍…そうとしか思っていなかった
だが、こうしてわが身に降りかかったこの状況を思うと
まだ思考能力が欠如していない自分はまだマシな方なのだろうか…
それとも次第に己を見失っていくのだろうか…
想像することもできない恐怖に魔術師は壁に埋め込まれ動けぬ身体を身震いさせた

ヴァンパイアは気まぐれだ
優しく愛撫される時もあれば、ひどく乱暴に扱われる時もある
今回は身体中をあの長い爪で引っ掻かれ、全身が切り刻まれるような痛みを味わった
血まみれになった身体、だが、その傷も一定時間が経つと消えてしまい元の状態に戻ってしまう
いっそ痛みすら感じなくなってしまうほど壊れてしまえばいいのに
何度そう思ったことか
しかし、ヴァンパイアはそんな魔術師の心中を知ってか知らずか
お気に入りのオモチャで遊ぶかのように魔術師を弄ぶ

辛い時魔術師は逝ってしまった仲間達
自分の術の失敗のせいで壁の中に飛ばされ一瞬にして命を奪ってしまった仲間達を思う
これは罰だ、未熟な自分のせいで命を失ってしまった仲間達への償いだ、と
その中でも魔術師は特に仲のよかった聖騎士のことを思い出す

彼とは幼馴染みだった
自分がこうして冒険者となったのも彼の影響だった
武術には才が無い事は判っていたので自分の特性を生かせる魔術師の道に進み、やっとのことで冒険者として彼と肩を並べて歩けるようになった
そんな矢先だっだのに…

「また、遠い目をしているな?」
ヴァンパイアの言葉に魔術師はハッと我に返る
「何処の誰に想いを馳せているのかは知らないが、己の立場をもう少し自覚したらどうだ?お前はただのオブジェだ、この壁から動くこともできなにのだぞ、永遠にな…ククッ」
嘲笑うようなヴァンパイアの言葉、もう何度聞かされたことか
「…黙れっ…」
言葉でしか抵抗できない無力な己はどうすることもできない
その言葉を聞かされるたびに魔術師の心は深い絶望へと沈んでゆく
そうして打ちひしがれる魔術師に思いがけない言葉が届いた
「お前の望みを叶えてやろうか?」
いつもとは違うヴァンパイアの言葉に魔術師は俯いていた顔を上げた
「どういう意味だ?」
「言葉通りだ」
”望み”だと?こんな身体にされて何を今更…
もう人としての生など望めない
仲間も居ない、そんな自分に残された選択肢などもう一つしかない

「殺せ」
魔術師は低くしかしはっきりとその望みを告げた
「望みはただ一つ、今すぐ俺を殺せ」
魔術師の言葉にヴァンパイアは「フン」と鼻を鳴らしそのまま黙り込んでしまった
「何をしているんだ、早く殺せ!お前が言い出したことだろ!望みを叶えると!」
苛立つように魔術師は叫んだ
しかしヴァンパイアは相変わらず人を小馬鹿にしたような含み笑いを続けている
「判っているのだぞ、お前は私の下僕、下僕の心中など手に取るようにな」
そう言うとヴァンパイアは魔術師の方に顔を近づけ乱杭歯を魔術師の首筋に押し付けた
「うあぁっーーーーっ…」
こんな事をされたことは一度もなかった、だがそれは今までのどんな愛撫や甚振りよりもダイレクトに魔術師の身体の中に衝撃をもたらした

気が付くと、目の前には聖騎士が、幼馴染みの彼がいる
「…生きて…いたのか?」
そして、更に驚いた事に自分の身体が自由になっている
壁に埋め込まれたはずの手足が元通りになっている
「夢…だったのか?」
魔術師は自分の手足としげしげと見つめながら呟いた
そんな魔術師に聖騎士はニッコリと笑い彼のマントを魔術師の身体に被せる
それで初めて魔術師は自分が一糸纏わぬ姿のままだという事に気がついた
「まったく、なんて格好してるんだ」
からかうように笑うその顔は、長年見慣れた聖騎士の笑顔そのままだ
魔術師はあたりを見回した、だが他の仲間は居ない、ヴァンパイアも居ない
いるのは聖騎士だけ
「それともこれが夢…か?」
ヴァンパイアが最期に見せてくれた幻覚なのか?
奴は言っていたではないか、
「下僕の心中など手に取るように判る」と…
だとしたらこれは己の秘めたる想いの具象化なのか?
目の前にいる聖騎士はヴァンパイアが変化した姿にすぎないのか?
奴は最期まで自分を翻弄し弄ぶつもりなのか?

それでもいい…
どうせ最期だ、奴の術に嵌ってやろう
たとえ幻でも、偽者でも、
それが己が真に望んでいることなのだから

魔術師はそうしてマントを取り払い、その裸体を聖騎士に再び晒し
彼に抱きつき耳元で囁いた
「俺の望みを叶えてくれるのだろう?」
魔術師の言葉に聖騎士は目で合図をし、そして彼もまた一糸纏わぬ姿になった

秘めたる望み…そうそれは彼に、聖騎士に抱かれること
真っ直ぐに生きていた彼には間違っても告げてはいけない自分の邪な思い
自分を騙し、偽善者のように彼の傍にいた日々
どんな形であれその思いが、今叶えられるのだ…

聖騎士は黙って魔術師の身体を愛撫する
彼が本当はヴァンパイアの化けた姿だとしても
今迄とは全く違うその愛撫はまるで、自分が思い描いた聖騎士から受けたかった愛撫そのままだ
そして理想通りの愛を彼は与えてくれた
今迄誰も、ヴァンパイアですら弄りはしなかった魔術師の秘部に聖騎士が舌を這わす
「…ふ…はっ…ん…」
初めて弄られるソコに魔術師の声は次第に昂ぶる
「はやく…して…」
焦らされるのは嫌だと、聖騎士を促し急かすように挿入を願う魔術師
「随分淫乱だったんだな」
呆れたように笑う聖騎士、それすら理想通の姿だ
その姿、言葉にうっとりと酔うように魔術師は聖騎士の肉棒を両手でそっと包み込む
「はやく…」

待ち焦がれていたものがついに己の身体に繋がる
その瞬間はまるで永遠の一瞬のように感じられた
自分の中で感じる彼の身体の質感
身体を揺すられると更に強く質感を感じることが出来る
「ぁ…んっ…っ…」
何度も揺すられ、そのたびに歓喜の声は昂ぶる

もうすぐ、もうすぐ絶頂へと導かれる、想い焦がれた彼の手によって
そう思った瞬間、聖騎士の身体がピタリと動かなくなった
「お、おい…どうした…」
驚いた魔術師が彼に触れた途端、聖騎士の身体は一瞬にして灰になってしまった…
「な、何…」
何が起きたか判らない、ただ目の前にあるのは灰のみ…
魔術師はさっきまでの快楽も消え去り、呆然と床に積もった灰を見つめる

「満足したか?」
不意に声をかけられ魔術師は振り返る
そこにはあのヴァンパイアが立っている
「やはり、お前の術だったのか…俺にまやかしの姿を見せ、まやかしに抱かせ…そして嘲笑っていたのか…」
判っていたとはいえ、悔しい、自分の秘めた気持ちをこうやって弄ばれたことが、悔しくて腹が立つ

「言っておくがそれはまやかしではないぞ」
「何を言っている?」
「お前の想い人は、さっきまで生きていた、お前が抱かれたのは正真正銘紛れも無い、聖騎士そのものだったと言うことだ」
「な、…どういうことだ!?」
ヴァンパイアの言葉が理解できない、コイツは一体何が言いたいのか
「お前が唱えたテレポートの術は失敗した、そしてお前は手足を壁に埋め込まれ、他の仲間は壁の中に移動し息絶えた、そう思っていたのだろう?
だが、一人だけ通常空間に移動できた者がいた、それがあの聖騎士だった、というワケだ」
ヴァンパイアの告げた衝撃的な事実に魔術師は目を見開いた
では彼は無事だったのか、他の仲間は犠牲になってしまったが、彼だけは生き残ってくれていたのか
そんな魔術師に構わずヴァンパイアは話を続ける
「奴が飛んで来たのは丁度私の部屋、気を失っていた
最初どうしたものかと考えたがすぐに遊ぶのも勿体ない、そう思い一旦時を止め、奴を深い眠りに落とした、まぁ私の術をもってすれば容易いことだ…
次にこの部屋に来てみると更に面白いものがあったと言うわけだ…
お前を下僕にし、お前で遊んでいるとお前の思考は手に取る様に判る
丁度取っておいたオモチャにこの下僕は恋焦がれているとな
だから取って置きのオモチャを有効利用してみようと考えついたワケだ
止まっていた時を解除し、代わりに奴の心を止めた
そんな細工をしたオモチャをお前の前に差し出したんだよ…ククッ…
お前も私の下僕の端くれ、カラッポの奴に己の願望をシンクロさせ理想通りの聖騎士像をつくりあげることなど容易いことだ、
もっともお前はそんな能力が身に着いていたことも気がつかなかったようだがな、
だが、残念ながら奴はまだ、人間…光の世界の生き物のままだった
しかしお前は既に我が眷属、闇の世界の生き物だ
光と闇が交わる、それがどういう結果を生み出すか、正直私も興味があった
今回は大変面白いものを見せてもらった…ククッ…」

ヴァンパイアの長い話を聞きながら、魔術師は黙って目の前の灰を見つめていた
自分が抱かれていたのは、心を無くしたとは言え、本物の聖騎士だったこと
そして、闇の生き物と化した自分と交わったことで彼を灰にしてしまったこと
そう、それは二度も聖騎士を殺してしまったという事に他ならない…
様々な思いが込み上げ魔術師は大きく雄たけびをあげその場に泣き崩れた

「…して…くれ、早く…俺を殺して…」
泣きながらヴァンパイアに最期の望みを訴える魔術師
しかし、ヴァンパイアの答えは冷たいものだった
「お前の”望み”はもう叶っただろう?あとは知らん
手足も元通りに復元してやったのだからあとは好きなようにしろ
私はもうお前には興味が失せた」
そう言ってヴァンパイアが現れた時と同じようにいつの間にかその場から姿を消した
残されたのは死にぞこないの化け物と床に積もった灰だけ…

泣きながら魔術師は床の灰を手ですくいソレを飲み込んだ
もう一度一緒になりたくて、一粒残らず飲み込む

それから静かに目を閉じ魔術師は呪文を唱え、印を組む
ヴァンパイアの言葉通り、闇の生き物となったことで術のレベルが上がっていることを感じることが出来る
今の自分の力ならテレポートの術も座標軸を設定し簡単に移動することができるハズだ
そして魔術師は呪文を唱えた
己の身体を全て壁の中に移動するように…


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