heaven (7)

我に返ったコウヘイは、目の前でぐったりとしているタカヒロの姿に驚愕する。
「兄貴っ!」
慌ててタカヒロの頬を軽く叩くとタカヒロは気絶していただけのようで軽く咳き込み目を覚ました。急いで拘束を解き起き上がらせ背中をさする。
「兄貴…ごめん…俺…なんてことしたんだ…」
いくら酔っていたからといって、怒りに我を忘れたからといって、首を絞めてしまったなんて…
「俺…兄貴…殺してしまうとこだった…」
肩を震わせ涙を流すコウヘイの肩にタカヒロはそっと手を置く。
「コウヘイ、俺は大丈夫だから…これくらい…」
「大丈夫なわけないだろっ!」
タカヒロの言葉にコウヘイは思わず声を荒げる。こんなことをしたのは自分なのに。
「前にも同じようなことやられてるから…アイツに…」
「え!?」
アイツ…とはミキオのことだろう…奴に同じことされた?
「それってどういうことなんだよ?兄貴?」
タカヒロの思いもよらぬ告白にコウヘイは驚きで涙も引いてしまい、真相を問いただす。タカヒロは、最後の調教と称してフィストファックされた後、首絞めプレイを施されたというのだ。
「首を絞めると下も締まって具合がいいそうだ」
ポツリと話すタカヒロ。まさかそこまでのことをされていたとは…
「あの時は…本当に殺されると思った…でもいっそ死んでしまった方がアイツを人殺しにして復讐できたかもな…」
自嘲的に笑うタカヒロ。コウヘイは思わずタカヒロを抱きしめる。
「そんなこと冗談でも言わないでくれよ…兄貴がいなくなったら俺は…」
一度引いた涙がまた流れてくる。そんなコウヘイの腕をそっとつかんでタカヒロは話を続けた。
「だから…今でもアイツが怖いんだ…あの時のことを思い出すと…アイツの言うことに逆らえない…今日もそう…それでワザと携帯を忘れたふりをしてお前に気が付いてもらいたかったんだ…誤解させてごめんなコウヘイ…」
「謝る必要なんかないよ!アイツ…許せねぇ…俺が兄貴の代わりに復讐してやる!」
憤るコウヘイをタカヒロは諌める。アイツとはこれ以上関わり合いたくない。もう二度と会わないと念を押しアイツも承諾した。それにまた外国に行って当分帰ってこないらしい。タカヒロに説得されて渋々ながらもミキオのことは金輪際関わらないことにすると納得した。
「今回は生きててよかったと思ってる、コウヘイを人殺しにせずに済んだからな」
微笑むタカヒロにコウヘイは首を横に振り、今日はこのままもう休んでくれと頼むが、逆にタカヒロから片付けをするから先に部屋に戻ってくれと言われてしまう。
「片付けなんて俺がするから…」言いかけたコウヘイにタカヒロは小さく呟く。
「後始末ぐらいさせてくれ…これ以上惨めになりたくない…」
その言葉にコウヘイはそれ以上何も言えず浴室を出た。汚物の処理を自分ですることがタカヒロの最後のプライドの砦なのだろうから…

寝室に戻りコウヘイは色々考えた。タカヒロの受けた辛すぎる事実、そしてその原因をつくったのは他ならぬ自分、この歪んだ独占欲をどうしたらいいのか…
 …いっそ兄貴をこの家から出さずに俺だけのものにできたなら…
そんな考えが頭を過ったがコウヘイは慌てて首を振る。これ以上タカヒロを辛い目に合わせるわけにはいかない。このままではいつかタカヒロの心は壊れる。
頭を抱え、溜息をつくコウヘイ。ふと時計を見る。浴室を出てから随分時間が経っている。まだ片付けをしているのか?身体を洗うにしても随分とかかりすぎじゃないか?
心配になり浴室に戻るコウヘイ。「兄貴?大丈夫か?」浴室のドアを開けると目に飛び込んできたのは…
手首を切って壁にもたれかかるタカヒロの姿だった。


それからのことはあまり覚えていない。止血をし、救急車を呼び、そして目の前には病院のベッドで眠るタカヒロ。
手首の傷は幸い深くはなく命に別状はないという医者の言葉にコウヘイは胸を撫で下ろす。
 …あの時、携帯をワザと忘れて俺に助けを求めた兄貴、しかしそれに気が付かず逆に兄貴をさらに苦しめ挙句の果てに首を絞め…
 …兄貴は絶望したのだろう…俺に、すべてに、だからこんな…
全部俺のせいなのだ…すべての発端は自分の独占欲から始まったこと…
もうダメだ…限界だ…タカヒロを失いたくない…タカヒロを永遠に失うくらいなら自分はタカヒロの元を離れよう…そうするしか他に道はもうない…
「兄貴…今まで本当にごめん…」眠っているタカヒロの髪をそっと撫でながらコウヘイは呟く。「それでも俺は兄貴のことずっと愛してるから…」
その時、タカヒロの瞳がゆっくりと開いた。意識が戻ったようだ。
「兄貴!」よかった目が覚めた。安堵するコウヘイにタカヒロは不思議そうな表情を向ける。
「コウヘイ?どうしたんだ?俺は一体…」状況が把握できない様子でタカヒロはコウヘイに問いかける。
「自殺図って…それで病院に…」
「俺が…自殺…?…なんで?」
「兄貴?」

「記憶の一部が欠落しているようですね」医者はコウヘイにそう告げる。
「おそらく自殺に及ぶほどの辛い体験そのものを彼は忘却してしまっているようです。それ以外の部分に関しては記憶は正常だと思われます。」
医者の説明をコウヘイは黙って聞いた。
「大変申し上げにくいのですが…」医者は一呼吸おいて話を続ける。
「お兄さんは性的暴行を受けたような形跡が見られます。腕にも拘束されたような跡もあり、もしかしたらそれが原因かも…」
おそらくタカヒロとそれほど変わらない年齢であろう医者は眼鏡の奥から鋭い視線をコウヘイに投げかける。
この医者…俺がやったって…わかってるのか?
「それが原因としたら、今後はそのトラウマを呼び戻さないように、そのことには極力触れないで思い出させないようにしてください。
それから、お兄さんは充分に栄養を取っていないようで、体力がかなり弱っています。体力の回復にも少し時間がかかるかもしれません。」
おそらくタカヒロは長い間排泄を管理されていたため、自分で食事を最低限に制限していたのだろう。
今更ながらに自分のしてきたことの罪を思い、またこれ以上はタカヒロを壊すことはできないと、コウヘイは医者の言葉に力強く頷いた。


それから少しの時間をおきタカヒロは退院し、家に戻ってきたが、記憶喪失の件もありしばらくは仕事をせず自宅で療養することにした。
「仕事は問題ないと思うけどな」困ったように言うタカヒロに、まずは体力の回復が第一、フォローは極力自分がするからと、コウヘイはどうにかタカヒロを説得する。
確かに仕事に関する記憶は大丈夫なようだか、会社に行くことによって何かを思い出されたら…仕事上の付き合いの人間と話したけでタカヒロに酷い仕打ちをした…そんなことを思い出したら…そんな不安があるためタカヒロを外に出したくなかった。
当然今までタカヒロを甚振ってきた数々の道具はすべて処分した。自殺を図った浴室も不安ではあったが、タカヒロはそれも覚えてはいないようだ。一応剃刀だけはコウヘイが管理することにしたが。
タカヒロは自分たちの関係も忘れてしまっていてずっと「普通の」兄弟として暮らしていると思っている。元々無口な方ではあるが、あの7年間に比べると少しだけ明るく饒舌になったようが気がする。
これでよかったんだ…タカヒロをもう二度と抱けない寂しさよりもタカヒロとずっと一緒にいられる事がコウヘイにとっての幸せだった。


そして何事もない日々を過ごしていたある日…
「そうだ、今日会社に兄貴宛の郵便物届いていたよ」仕事から帰ってきたコウヘイはタカヒロ宛の郵便物を渡す。
「俺宛?珍しいな…一体どこから?」郵便物の差出人を見ても見知らぬ会社名だった。中身を空けるとディスクが一枚入っているだけ。
「どうせ、ダイレクトメールの類だろうさ、最近いきなりディスク送りつけるってのもあるんだよ。うちの社員の名前でくるのも結構あるんだぜ」そう言ってコウヘイは着替えをしに自室に入った。
「一応見てみるよ」そういってタカヒロは居間にあるパソコンを立ち上げていた。

着替えを終えたコウヘイが居間に戻ると、タカヒロがパソコンの側で蹲っている。
「兄貴!どうしたんだ!?」驚いてタカヒロに駆け寄ると、タカヒロは小さく「許して…ヤメテ」と何度も呟いている。
一体兄に何があったんだ?ふとパソコンの画面を見ると、そこにはタカヒロの淫らな写真が何枚も表示されていた。
あのディスクに入っていたものがこの画像?この写真はミキオの撮ったものに間違いない。なぜならコウヘイは「調教の報告」としてこのかつてこの画像を受け取っていたから。
ただ自分の知らない画像が1枚だけあった。それはタカヒロの話していた「フィストファック」の最中に撮られたであろう写真…
だとしたらこれを送りつけてきたのはミキオ?
それを考えるのは後にして今はパニック状態になっているタカヒロを落ち着かせないと、コウヘイは蹲ったままのタカヒロを抱きしめて宥めた。
「許して…許して…」声を震わせ怯え続けるタカヒロは目の前のコウヘイが分からないほどのパニック状態だ。
「…助けて…」許しを請う言葉がいつの間にか助けを請う言葉に変わっている。
「コウヘイ…助けて…」虚ろに自分の名を呼び震えるタカヒロ。
「兄貴、しっかりして、俺はここにいるから、安心して」
そういってコウヘイはタカヒロを強く抱きしめた。
コウヘイの言葉に我に返ったように自分を見つめるタカヒロ。
「コウヘイ?」
「そう俺だよ、コウヘイだよ、兄貴、誰も何もしないから、大丈夫だから」
「…コウヘイ…来て…くれたの…か?」
多分タカヒロは記憶が混乱しているのだろう、おそらく7年前のあの日に…ついに恐れていたことが…忌まわしい記憶が甦ってしまった。
タカヒロはすがるようにしがみつき、コウヘイに語る。あの日々のことを。
「…卒論の仕上げなんて嘘だったんだ…本当はアイツに…アイツの性奴隷にされてた…散々弄ばされて…その間いつも目隠しをされてたんだ…見えない中何をされるのか不安で怖かった…だからずっとコウヘイに抱かれている…そう思って耐えてきた…
ここから解放されたら、コウヘイのもとに帰れる…それだけが俺の唯一の希望だった…でも…もう限界だ…これ以上はもう身体がもたない…いや殺されてしまうかも…」
コウヘイの背中からタカヒロの手の震えが伝わってくる。目隠しをされて調教されていたことは送られてきた写真で知っていた。
表情は最後のオタノシミにしておけ…そうミキオに言われていた。
いつも冷静なタカヒロがこれほど怯える姿を見るのは初めてだ。あの時のタカヒロがこれほどまでに苦しんでいたなんて…当時の自分はそんなこと少しも考えず、目の前に差し出された「調教完了」のタカヒロの姿にただ興奮していた。
…今更だけど…本当にごめん…コウヘイは心の中でタカヒロに詫びた。
でも…
「兄貴?俺に抱かれて…って?」
ひっかかるその言葉…コウヘイの問いにタカヒロは小さく頷き答える「俺は…ずっとコウヘイ…お前にずっと抱かれたかった…」
「そんな…」
あの時、自分のタカヒロに対する気持ちは一方的なものだと思っていた。
だからこそあんな卑劣な形でタカヒロを陥れ強引に自分のものにし、その後も無理矢理に支配し続けた。 タカヒロが自分のことを本当に愛してくれているという自信がなかったから…
まさか同じ気持ちでいたなんて…
「…やっぱり、迷惑だったか?…そうだよな、お前彼女いるからな…ごめん今の言葉は忘れてくれ…」
コウヘイの呟きに寂しそうにタカヒロは呟く。
「ち、違う!そうじゃなくて、俺だって兄貴のこと…ずっと…あの女は彼女なんかじゃない、金で頼んだだけの女で…」
言い訳がましいコウヘイの言葉だったが、それにタカヒロは少し安心したように微笑む。
「それなら…俺を抱いて欲しい…」
そう言うとタカヒロはコウヘイの背中から手を離し、その手をそのままコウヘイのベルトを外しにかかる。 そしてコウヘイのズボンを下ろしコウヘイのモノを取り出した。
「…兄貴…何して…」戸惑うコウヘイに構わずタカヒロはソレを口に咥え愛撫を始めた。
「…あ…」久しぶりに蘇る愛撫の感覚…タカヒロのテクニックは今までと変わらず…みるみるとコウヘイのものは膨らみ堅くなっていく…
それを確認したようにタカヒロは口を離し、今度は自分のズボンを下ろす。そして、指を舐めその唾液で後孔を湿らせていく…
「あ…に…き」コウヘイは段々と我慢ができなくなってきた。もう二度と抱くことができないと諦めていたタカヒロの身体…
クチュクチュと卑猥な音を立てながらタカヒロの後孔は次第にほぐれてきているようだ…
「コウヘイ…早く…」
腰を突出し、コウヘイに向けて後孔を広げて見せるあられもないタカヒロの姿。今まで自ら誘ってくることなどなかったタカヒロが悩ましげに自分を求めている。
その姿にコウヘイの中で抑えていた何かが弾け飛んだ。
「兄貴っ」覆いかぶさるようにコウヘイはタカヒロに挿入した。ほぐれている中へそれは抵抗もなくすんなりと入っていった。
久しぶりのこの感覚…締め付けの心地よさは全然変わってない…
「コウ…ヘイ…もっと…コウへ…イ…」自分の名を呼ぶタカヒロの声を聴きながらコウヘイはタカヒロの中で果てた。

そのまま眠ってしまったタカヒロの身体を拭き、ベッドに運ぶ。そして例のディスクを破壊した。
ソファーに腰をおろしコウヘイは深く溜息をつく。
俺たちはお互いを求めあっていたなんて…それが分かっていればあんなことしなかった。
  …兄貴のプライドをズタズタにして、人生をメチャメチャにしてしまった…兄貴の気持ちに気が付くこともできず自分の欲望だけをぶつけて挙句の果てに命さえ奪いかけ、絶望の淵に追い詰めた。
「本当に取り返しのつかないこと、しちまったんだ…」
今は7年前のフラッシュバックを起こしているが、徐々に記憶はすべて戻るだろう。そうすればタカヒロは今まで自分にされてきたことを思い出し、再び絶望するかも…
己の罪深さに再び溜息をつくコウヘイ。ふと後ろに気配を感じ振り向くとタカヒロがきょとんとした顔で自分を見ている。
「さっきまでパソコン見てた気がするんだけど…なんでベッドで寝てるんだろう…」
「兄貴。覚えてないのか?」タカヒロの意外な言動に戸惑うコウヘイ。
「ディスク見ようとして…そのあとの記憶がない…俺はまたおかしくなったのか…?」不安そうなタカヒロ。
「あぁ、急に眠くなったって寝室いったじゃないか、あ、ディスクはただのソフトウエァの案内だったから俺が捨てといた」
「そうだったかな?最近疲れやすくてすぐ眠くなるからな…」コウヘイの嘘をそのまま信じたらしいタカヒロに「あんまり根詰めるなよ」と言い風呂入って休むように促した。
覚えていなかった…それは良かったのか悪かったのか…答えは分からない。だが、どんな風になろうとも自分の人生をすべてかけタカヒロを大切に守っていかなければ
 …それが俺の兄貴への贖罪…


その後不審なものがタカヒロに届くことはなく、ミキオの消息もつかめない。タカヒロが言っていた通り海外に行ったのかもしれないが、これ以上は関わらない方が得策だろう。 もし、また何かあったならその時は奴を追い詰めるつもりだか…
タカヒロとは今まで通り穏やかに日々を過ごしている…と言いたいところだったが、あの日以来ごくたまにタカヒロは豹変する。
きっかけは分からない、突然に淫乱な目でコウヘイを誘う、誘われるがままにコウヘイはタカヒロを抱く。
昼間のタカヒロは抱かれたことをまったく覚えていないようで、夜のタカヒロは別の人格なのかもしれない。
そんないつ現れるかわからないもう一人の「タカヒロ」に怯えつつも待ち望むコウヘイ。
ふと後ろから自分を抱きしめる「タカヒロ」が囁く。

「コウヘイ…今夜もメチャクチャにしてほしい…」

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